学校沿革

 中標津町教育委員会は、計根別小学校・計根別中学校校舎の耐用年数等を鑑み、将来的な児童生徒の減少にも対応し充実した教育環境を確保するため、平成23年に「計根別地区小中一貫教育の基本構想」を策定した。この適正配置計画により、平成27年4月に計根別小学校と計根別中学校が統合され、平成26年3月に閉校した西竹小学校が加わり、小中一貫教育校として新たな歴史を刻むこととなった。
   小中一貫校としての開校にあたっては「開校準備委員会」が立ち上げられ、地域とともに新しい学校を創り上げて来た。名称については、開校準備委員会に集まった地域代表、保護者代表、教育委員会代表、各校の代表が話し合い、様々な声を吸い上げながら検討を重ね、総意をもって、「計根別学園」と決定した。
   また、「計根別学園」は、旧計根別中学校の敷地裏手に校舎を新設し、施設一体型の小中一貫教育校として開校し、平成28年4月より正式な義務教育学校として新たな一歩を踏み出した。


   昭和 2年 1月 計根別特別教授場開校。 (計根別小学校の前身)
昭和 4年 6月 計根別特別教授場が計根別尋常小学校に昇格。
昭和 9年 4月 計根別尋常小学校に計根別実科農学校併設。
   昭和13年 4月 計根別尋常小学校に高等科併設。
   昭和20年 7月 計根別国民学校西竹分校開校。(若竹小学校の前身) 
         8月 第二次世界大戦終る。 
昭和21年 4月 学制改革により国民学校は小学校に、
高等科は廃止され新制中学校となる。
7月 標津村より分村し中標津村が誕生。中標津村立小・中学校となる。
   昭和22年 3月 「教育基本法」制定。 
         5月 新制計根別中学校開校
   昭和24年 4月 計根別小学校東西竹分校開設。 (後に西竹小学校所属)
昭和31年 4月 西竹小中学校開校。
7月 東西竹分校が、西竹小学校の所属となる。
昭和33年11月 計根別小学校鉄筋ブロック2階建新校舎完成。
昭和34年 1月 計根別小学校西竹分校が若竹小学校に昇格。
   昭和35年 4月 東西竹分校廃校。西竹小学校へ統合。
   昭和36年 3月 上標津中学校閉校。計根別中学校へ統合。
   昭和39年11月 計根別中学校新校舎完成。
   昭和40年11月 西竹小学校新校舎完成。
   昭和41年 1月 計根別中学校新校舎落成。
   昭和42年11月 計根別小学校新体育館落成。
   昭和43年 1月 計根別小学校新校舎落成。
   昭和51年 3月 上標津小学校閉校。計根別小学校へ統合。
   昭和56年 9月 西竹小中学校新校舎落成。
   平成17年 3月 西竹中学校、養老牛中学校閉校。計根別中学校へ統合。
   平成18年 3月 若竹小学校閉校。計根別小学校へ統合。
   平成18年12月 「教育基本法」改正
   平成24年 3月 養老牛小学校閉校。計根別小学校へ統合。
   平成27年 3月 西竹小学校閉校。
   平成27年 4月 小中一貫教育校「計根別学園」誕生。
   平成28年 4月 義務教育学校として開校。